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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)11544号 判決

原告

北村盛秀

被告

宮田康則

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金二〇六万六三四一円及びこれに対する平成八年四月二九日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金六九四万四八〇七円及びこれに対する平成八年四月二九日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、歩行中、普通乗用自動車(タクシー)に撥ねられて死亡した者の相続人が、被害者及び自己固有の損害につき、運転者に対しては民法七〇九条及び自賠法三条に基づき、車両保有者に対しては民法七一五条及び自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

(1)  被告宮田康則(以下「被告宮田」という。)は、平成八年四月二八日午前四時一五分ころ、被告エムケイ株式会社(以下「被告会社」という。)所有の普通乗用自動車(京都五五く四二〇〇。以下「被告車両」という。)を運転して、京都市南区東九条北烏丸町八番地先道路上を時速約六五キロメートルで北進中、折から手押し車を押して東から西へ道路横断歩行中の李徳順(当時八二歳、以下「亡徳順」という。)に被告車両前部を衝突させて同女をボンネット上に跳ね上げ、その状態で衝突地点から一三・一メートル進んで停止し、衝突地点から一七・六メートル先に同女を転落させる交通事故(以下「本件交通事故」という。)を起こした。

(2)  本件交通事故は、被告宮田が被告会社の業務従事中に起こしたものである(被告宮田本人、弁論の全趣旨)。

(3)  亡徳順は、本件交通事故により、多発骨折の傷害を負い、前同日午前八時二四分死亡した(甲第二号証の五)。

(4)  原告は、亡徳順の子であり、亡徳順の権利義務の二分の一を相続により取得した(甲第二号証の六、第三号証、第七号証の一及び二、乙第六号証)

二  争点

被告らは、損害額を争うほか、本件交通事故の発生については亡徳順にも歩行者横断禁止の規制があり、かつ、見通しの良くない幹線道路を横断した過失があるので、大幅な過失相殺がなされるべきであると主張する。

第三争点に対する判断

一  損害額

(1)  治療費(請求額一六万九二六〇円) 一六万九二六〇円

争いがない。

(2)  逸失利益(請求額六三五万三六一四円) 五〇五万七〇七七円

甲第二号証の六、第三号証によれば、亡徳順は、韓国で出生し、一五歳のころ来日して以来、長年、工員、土木作業員などをして生計を建ててきたが、本件交通事故当時は無職で、公的福祉による援助を受けながら、一人暮らしをしていた健康な八二歳の女性であったことが認められる。上記のような生活状況に鑑みると、亡徳順は、死亡した当時の平成八年賃金センサス産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計六五歳以上の平均賃金二九七万一二〇〇円の八割程度の額を平均余命の約二分の一に当たる四年間にわたって得ることができたと考えるのが相当である。そこで、生活費控除を四割とし、ライプニッツ方式により年五分の割合で中間利息を控除して本件交通事故当時の現価を算定すると、五〇五万七〇七七円となる。

(計算式)

2,971,200×0.8×(1-0.4)×3.5459=5,057,077

(3)  慰謝料(請求額二二〇〇万円) 一八〇〇万〇〇〇〇円

亡徳順の年齢、本件交通事故当時の生活状況等を考慮すると、慰謝料としては一八〇〇万円が相当である。

(4)  葬儀関係費(請求額一三八万九一〇〇円) 一三八万九一〇〇円

甲第三号証、第五号証の一、第六号証、乙第一号証、第四号証の一ないし五によれば、亡徳順の葬儀に当たっては、原告が中心となってこれを執り行い、戒名料五〇万円を含む葬儀関係費用一三〇万九一〇〇円は被告会社によってすべて賄われたこと、この他に原告が仏壇購入費用として八万円を負担したことが認められるから、その合計額を原告の損害としての葬儀関係費と認める。

なお、被告らは、以上の外に葬儀関係費用として供車科七万五三九〇円(乙第四号証の六)の支払いをしたと主張するが、それが葬儀関係費用に当たることの具体的な主張立証がないから、同金額を葬儀関係費用と認めることはできない。

(5)  原告固有の慰謝料(請求額一〇〇〇万円) 一五〇万〇〇〇〇円

原告は、亡徳順と長年同居していなかったとはいえ、近年になって連絡を取り合うようになり、来日以来苦労を重ねてきた高齢の実母の生活を何かと慮っていたことを窺うことができるから、亡徳順を交通事故により失った原告が精神的苦痛を被ったことは十分に認めることができる。原告固有の慰謝料としては、上記のような原告と亡徳順との関係に加え、亡徳順の年齢、後記の本件交通事故の態様、その他本件に現れた一切の事情を斟酌すると、一五〇万円をもって相当な額と認める。

以上によれば、本件交通事故による原告の損害額は、相続によって取得した亡徳順の損害(前記(1)ないし(3)の合計額)の二分の一に、原告固有の損害(前記(4)及び(5))を加えた一四五〇万二二六八円となる。

二  過失相殺

(1)  甲第二号証の一ないし八、第四号証の一及び二、乙五号証の一ないし五、被告宮田本人によれば、本件交通事故当時の天候は晴れで、夜明け前の薄明るい状態であったが、事故現場付近には水銀灯が設置されており、衝突地点の約五四・三メートル手前から亡徳順の姿を視認することが可能であったこと、被告宮田は、規制速度が時速五〇キロメートルで片側二車線の道路の中央分離帯寄りの車線を時速約六五キロメートルで走行して本件交通事故現場に差し掛かり、約五〇メートル手前で進路前方の道路左側端に前部を南向きにして停車中の車両から路外のコンビニエンスストアーに荷物を搬入している人影に気が付き、一瞬視線をその方向に動かしたこと、被告宮田は、そのままの速度で進行したところ、丁度上記停車車両を挟んで道路のほぼ向かい側に当たる進路前方右側の中央分離帯の延長上に設けられた導流帯付近から段ボールを積み上げた手押し車を押し西に向かって道路を横断しようとしている亡徳順の姿を約二一・二メートル前方に発見し、直ちに急制動の措置をとるとともに、ハンドルを右に切って衝突を回避しようとしたが及ばず、自車前部を亡徳順に衝突させたことの各事実を認めることができる。

以上のとおり認定した事実によれば、被告宮田が本件道路を進行するに際し、規制速度を遵守するとともに前方を十分注視していれば、道路を横断しようとする亡徳順の姿をおよそ五〇メートル手前で発見することができ、本件交通事故を回避することができたというべきであるから、同被告には前方注視義務違反の過失が認められ、本件交通事故によって原告に生じた損害を賠償する義務があるというべきである。

また、被告会社が被告宮田の使用者であり、本件交通事故が被告会社の業務執行中の事故であること、被告車両の保有者が被告会社であることについては前記のとおり争いがないから、被告会社は被告宮田と連帯して、原告に対し、民法七一五条及び自賠法三条により損害賠償責任を負う。

(2)  他方、前記各証拠によれば、前記認定の事実に加え、亡徳順が横断しようとしていた本件道路は、歩道と車道が明確に区別された、車道部分の幅員が約一五メートルある道路であり、標識により歩行者横断禁止の規制がなされていること、衝突地点から約四〇メートル北側には横断歩道が設置されていること、本件衝突地点の約一五メートル南側の地点まで北向き車線と南向き車線の間に低木の植え込みのある中央分離帯が設置されていて、自動車運転者にとって反対側車線方向の見通しが必ずしも十分ではないと考えられること、亡徳順は、ほぼ自分の背丈ほどの高さまで段ボール等を積み上げた手押し車を押して特段急ぐ様子もなく普通の速度で本件道路を横断しようとしていたことの各事実を認めることができる。

以上の事実によれば、亡徳順は、高齢である上、上記のような手押し車を押して歩行する場合には敏速な行動をとることが難しいのであり、また、周囲の明るさや上記中央分離帯の存在等から必ずしも道路上の見通しが十分とはいえない状況にあったのであるから、車道を横断する際にはさほど遠くない場所にあった横断歩道を利用すべきであったし、横断歩道以外を横断するのであれば、車道を通過する車両の安全な進行を妨げることのないように、自ら十分安全を確認した上で横断すべきであったということができるから、本件交通事故の発生については、亡徳順にも過失があったというべきである。

そして、亡徳順と被告宮田の過失の内容を比較検討すれば、本件交通事故に関する両者の過失割合は、亡徳順の過失が二五パーセント、被告宮田の過失が七五パーセントと解するのが相当である。

(3)  したがって、原告の前記損害額から二五パーセントを減額すると、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は一〇八七万六七〇一円となる。

(計算式)

14,502,268×(1-0.25)=10,876,701

三  損益相殺

自賠責保険から原告に対し、本件交通事故に対する損害の填補として七五三万二〇〇〇円が支払われたこと、被告らから原告に対し、治療費全額として一六万九二六〇円が支払われたことは当事者間に争いがなく、また、被告らが葬儀関係費用として支出したと主張する金額中、一三〇万九一〇〇円についてのみこれを葬儀関係費用と認定すべきことは前記のとおりであるから、以上の合計九〇一万〇三六〇円を上記損害額から控除すると、一八六万六三四一円となる。

四  弁護士費用(請求額三〇万円) 二〇万〇〇〇〇円

上記認容額その他の事情に照らせば、本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用としては二〇万円が相当である。

五  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告らに対し連帯して金二〇六万六三四一円及びこれに対する本件事故以後の日である平成八年四月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、右の限度で認容し、原告のその余の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井健太)

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